心の筋トレ!無感情になって論理的に仕事を進めるとメンタルマッチョになれる

僕はメンタルマッチョになりたい!

最近、こちらのアドラーの記事の下記が気になりました。

「褒めることは相手の自律心を阻害し、褒められることに依存する人間をつくり出してしまうことになるから」だとアドラーは言う。「もう一度褒められたい」と願うことは、すなわち褒められることへの依存であり、褒められることばかりやろうとする姿は自律性を欠いた状態にほかならない。裏返していえば、人を褒めるという行為は、相手の自律性を奪って、コントロールしやすい都合のいい人間に仕立てようとしている行為だということになる。

僕も人を褒めてモチベーション高くさせようとしてきたけど、そこまで深く考えていなかったと思う。申し訳ないことをしてきたと思うし、今後はやめようと思う。

自分が褒められた時どうしよう

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褒められて喜び、モチベーションが上がる癖がついてしまうと、褒められなくなった時に

  • なんで褒めてくれないのか
  • なぜ僕ではなく彼が褒められているのか
  • 僕だって頑張っているんだぞ

と思い始めたりしてしまい、やっぱり良くない。

モチベーションが逆に下がってしまい、通常の能力を発揮できない状態になる。

したがって、褒められても喜ばないようにしなければいけない。

無感情になると勝つる!

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もっというと無感情になってしまえばいい。

まず、楽しいことがなくなると「つまらない」と感じるように、感情には波があると思います。

いつも「楽しい」「僕は天才だ!」といった高い波の感情に乗って仕事をしていると、いざ失敗したり、仕事でトラブルが起きた時に、低い波の感情に行ってしまう。「つまらない」「僕はバカだ!」と思ってしまう。

でも感情がなければ、どんな事態が起きても、冷静に事態を処理できるのではないかと。

(そもそも「僕は天才だ!」と思って仕事をしていると必ずミスをする。常に初心忘れるべからずで仕事をしないといけないなといつも反省しています。。)

無感情なんてロボットなのではないか

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そんなことはなく、感情を捨て去ることで、論理的思考が可能になり、獣としてではなく人間としての判断ができるようになるはず。

人間に不足しているのは『明晰さ』であり、その明晰さを妨げているのは『感情』です。人間は感情で生きています。仏教では、感情で生きることは無意味ですと教えています。感情には論理がなく、同じところをぐるぐる巡るだけで進歩がない。たとえば、好きか嫌いかということには論理はなく、科学性や客観性はないのです。

『曖昧』から『明晰』へ | 日本テーラワーダ仏教協会から引用

おわり

あースッキリした

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